乳癌で手術している患者さんには、術後の経過年数に関わらず、採血、点滴、血圧測定などの処置は、長い間禁忌とされてきまいした。
しかし、近年の研究により、このエビデンスが見直されています。ここでは、その理由と最新のエビデンスをまとめました。
患側が処置禁忌とされた理由
1,リンパ浮腫のリスク
手術による、腋窩リンパ節の切除や照射によりリンパ液の流れが阻害されるため、患側の腕にリンパ浮腫が発生するリスクが高まる。
採血や点滴、血圧測定などの処置は、外部からの圧力や侵入を伴うため、これが引き金となってリンパ浮腫を誘発する可能性があるため、処置は避けるべきとされていた。
2,感染リスクの増加
もうひとつの理由として、リンパ節を切除した側では免疫機能が低下するため、感染予防のために採血や点滴の処置は避けるべきとされていた。
最新のエビデンスは?
リンパ節浮腫の発生率に大きな影響はない
2016年、シドニー大学を中心としたKilbreathらの研究では、乳がん手術後の女性を対象にリンパ浮腫のリスク要因を調査し、患側での医療処置が直接的にリンパ浮腫のリスクを増加させる証拠は見つからなかった。
同年、アメリカのダナファーバー癌研究所を中心とした研究では、リンパ浮腫の発生率とその関連要因について調査され、患側での血圧測定や採血がリンパ浮腫の発症に与える影響は小さいことが示されている。
2017年には、アメリカの「National Comprehensive Cancer Network (NCCN)」のガイドラインでは、リンパ浮腫のリスク管理に関する勧告が更新され、患側での処置については慎重に行うべきだが、絶対的に避ける必要はないとされている 。
日本の乳がん診療ガイドライン(2022)では、患側での処置を完全に禁止するのではなく、リスクを考慮しながら慎重に実施することを推奨している。
感染対策には無菌操作を徹底する!
2020年、ハーバード大学医学部に所属するSmithらの研究では、リンパ節郭清を受けた患者において、患側での静脈注射や血圧測定が感染リスクに与える影響を調査した。その結果、適切な無菌操作が行われた場合、感染リスクの有意な増加は見られなかった。
一方、メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)による研究では、リンパ浮腫がある患者は皮膚のバリア機能が低下しているため、細菌感染(蜂窩織炎など)のリスクが高まることが確認されている。
日本の乳癌診療ガイドライン(2022)では、患側での注射、採血、血圧測定などの処置は可能な限り避けることが推奨されているが、避けられない場合には、十分な消毒と無菌操作を徹底するよう記載されている。
リンパ節浮腫のリスクを評価する
『患者がリンパ節浮腫を起こリスク』をどのように評価すればよいのか?
これは、術式や治療内容に関係するため、以下の点を確認し、リスク評価を行う。
1,リンパ節郭清(ALND)
腋窩リンパ節を多数摘出する手術。
複数のリンパ節を摘出することで、リンパ液の流れが阻害される可能性が高くなるため、リンパ浮腫のリスクが増加する。リンパ節郭清を受けた患者のリンパ浮腫の発生率は20〜30%と報告されている。
2,センチネルリンパ節生検(SLNB)
がんが最初に到達する可能性のある「センチネル」リンパ節を少数摘出する手術。
摘出するリンパ節の数が少ないため、リンパ浮腫のリスクはリンパ節郭清に比べて低い。
センチネルリンパ節生検を受けた患者のリンパ浮腫の発生率は5〜10%とされて生検。
3,摘出するリンパ節の数
一度に多くのリンパ節を摘出するほど、リンパ浮腫のリスクは高まる。特に、10個以上のリンパ節を摘出する場合、リンパ浮腫のリスクは著しく増加する。
センチネルリンパ節生検などで1〜3個程度のリンパ節を摘出する場合、リスクは比較的低い。
4,放射線治療
放射線治療を受けた患者は、治療を受けていない患者に比べてリンパ浮腫のリスクが高いとされている。 腋窩領域に放射線治療を行うことで、リンパ管やリンパ節が損傷し、リンパ液の流れが阻害されることがある。
放射線治療を受けた患者のリンパ浮腫の発生率は15〜25%と報告されている。
これらのリスク要因と患側での処置の必要性を天びんにかけながら検討する。
まとめ
現在の見解として、基本的には健側での処置を行うことが推奨されています。しかし、「健側でのルート確保が困難な場合」や「オペ室において、術肢であったり、ルートがあり、患側でしか血圧測定ができない場合」など、避けられない状況では、無菌操作と異常の早期発見を徹底すれば、患側での処置も許可されています。
私の経験からのアドバイスですが、乳癌術後の患者さんは「患側での処置は避けるべき」と長年刷り込まれ、抵抗がある方が多いです。そのため、処置を行う際には必ず説明し、同意を得るようにしましょう!