大動脈弁閉鎖不全症(AR)

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大動脈弁閉鎖不全症とは?

大動脈弁閉鎖不全【Aortic(大動脈) Regurgitation(逆流) :AR】は、心臓の出口にある大動脈弁が完全に閉じないために、送り出したはずの血液が左心室に逆流する病態。

これにより、心臓は余分な血液を送り出すために、より一層働かなければならず、長期にわたると心室の肥大や心不全を引き起こす。

大動脈弁閉鎖不全症の原因

1,弁そのものの異常

リウマチ熱

リウマチ熱は全身性の炎症疾患で、罹患すると心臓弁にも損傷を与えることが知られている。

先天性心疾患

二尖弁型大動脈弁(大動脈弁は通常三つの弁だが、二つの弁しかない)などの先天性の異常が原因で発症することがある。

感染性心内膜炎(IE)

大動脈弁に感染が起こり、弁の損傷や機能不全を引き起こす。

加齢や動脈硬化

高血圧や高脂血症、糖尿病などにより動脈硬化が進行し、弁が破壊される。

2,弁を支える基部組織の異常

大動脈弁輪拡張症(AAE)

大動脈根部や上行大動脈の拡張により大動脈弁が完全に閉鎖できなくなる。

マルファン症候群

遺伝子の異常で、結合組織(細胞同士を支持する組織)の強度と弾力性に異常が生じる疾患。これにより上記のAAEを発症する。
心臓のほか、骨格の症状(高身長・不自然に長い手足、細く長い指など)や眼の症状(水晶体の脱臼や近視)が現れることがある。

大動脈解離

大動脈基部近くで発生した場合、大動脈の構造に異常圧力をかけ、大動脈弁の働きに影響を与える可能性がある。

大動脈弁閉鎖不全症の病態生理

1,大動脈から左室へ血液が逆流

大動脈弁閉鎖不全ARの病態生理1、拡張期の様子

拡張期には、通常であれば全身へ送った血液が逆流しないよう大動脈弁は閉じ、僧帽弁が開くことで左房から左室へ血液が流入する。しかし、動脈弁がうまく閉じず、大動脈から左室へ血液の逆流が起きる。

2,左室は容量オーバー!

大動脈弁閉鎖不全ARの病態生理2,左室が容量負荷となるイメージ

左室へは、肺から送られてきた血液に加えて、大動脈から逆流した血液も流れ込むため、容量負荷がかかり、心室が拡大していく。
難しい言葉で言うと、左室拡張収縮期容積(LVEDV)と左室拡張終期圧(LVEDP)が増大する。

3,心臓は1回拍出量を増加させて代償

大動脈弁閉鎖不全ARの病態生理3、代償機能が働き、1回拍出量が増加し、心室が肥大するイメージ

心筋は、伸展すればするほど、その反動で強く収縮し、1回拍出量が増加する。(スターリングの法則という。)

また、心臓が血液を体全体に送り出すために必要な力を増すために心室壁は次第に肥大していく。
このような代償機転が働くことで、しばらくの間、心拍出量は保たれる。

これは、慢性ARの場合で、急性ARでは心臓の代償機転は働かず、急激に左心不全へと進行する。

4,代償が破綻すると、左心不全に!

大動脈弁閉鎖不全ARの病態生理4、心臓の代償が破綻し心不全に至るイメージ

心室の拡大と肥大で対応できるのにも限界があり、最終的に代償機転は破綻する。

心室にたまった血液を送り出せなくなり、拍出量が低下する。また、肺からの血流が滞るため、肺うっ血を来し、左心不全症状が出現する。

大動脈弁閉鎖不全症の症状

長期間、無症状で経過するが、病態の進行により左心不全症状を呈する。

  • 動悸
  • 労作性呼吸困難
  • 発作性夜間呼吸困難
  • 狭心痛

大動脈弁閉鎖不全症の検査・所見

聴診

拡張早期雑音

ARで最も典型的な心雑音。大動脈弁が閉じるべき拡張期に、大動脈から左心室への血液の逆流によって生じる。胸骨の左縁、第3~4肋間で最もよく聞かれる。Ⅱ音に続き、風が吹くような高調音が発生する。

『ドッパー、ドッパー』…高い音はで聞く!

ARの拡張早期雑音は、臥位で聞きにくい場合が多いので、座位で前屈姿勢をとったときや、左側臥位になることで聞き取りやすくなる。

Austin Flint雑音

オースティン・フリント雑音は、重症ARの場合に、逆流する血流が僧帽弁を押し上げてることで僧帽弁狭窄のような状態になり生じると言われている。この雑音は、心尖部で最もよく聞かれ、通常、拡張期後期(Ⅰ音の前)に低調な雑音が聞かれる。

『ドックンザー、ドックンザー』…低い音はベルで聞く!

Ⅲ音

心拡大により聴取されることがある。

低調波で、粗く、リズミカルな雑音が特徴。

『ドックンボ、ドックンボ』…低い音はベルで聞く!

胸部レントゲン

左室拡大によって左第4弓の左下方へ突出がみられる。また、大動脈弁輪拡張症や二尖弁によるARでは、上行大動脈が拡大し、右第1弓と左第1弓が突出して見える。

心エコー

動脈弁の構造、逆流の程度、左心室の機能とサイズを評価できる。

大動脈弁閉鎖不全症の治療

無症状で左室拡大や機能低下がなければ、経過観察または内科的治療を行う。心不全症状や左室拡大・心機能低下がある場合には外科的治療が選択される。

具体的に手術適応となる症例は以下の通り。

  • 心不全症状のある重症AR
  • 無症状でも、左室機能低下(LVEF<50%)
  • 上行大動脈疾患、CABG、ほかの弁膜症の手術が必要な重症AR
  • 感染性心内膜炎、大動脈解離、外傷などの重症AR

内服治療

降圧剤

ARの特徴として、収縮期血圧の上昇と拡張期血圧の低下を来し、脈圧が増大する。

左心室は逆流した血液を含めて増加した血液量を大動脈に送り出さないといけないため、1回拍出量は増加し、収縮期血圧が上がる。
一方、大動脈から左心室へ血液が逆流することで、拡張期血圧は低下する。

このまま脈圧が増大すると、左室への負荷が大きくなり、心不全を引き起こすため、収縮期血圧<140mmHgを目標にコントロールを行う。Ca拮抗薬・ACE阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)・ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)の投与が推奨される。

利尿剤

心不全を発症した場合に使用する。

ジギタリス製剤

こちらも心不全を発症した場合、心保護作用を有するジギタリス製剤を使用することがある。

ジギタリスは心臓の筋肉細胞内のカルシウムイオン濃度を増加させ、心臓の収縮力を高めることで心臓の収縮力を強め、心不全に関連する症状を改善させる効果がある。

外科的治療

大動脈弁置換術(AVR)

大動脈弁を人工弁または生体弁で置換する方法。これはARを根本的に治療する最も一般的な方法。

手術は、全身麻酔下で開胸し、人工心肺装置を使用して一時的に(全国平均で97分)心臓を止めて行う。

大動脈弁形成術

自身の大動脈弁を修復する手術。自己心膜を使用することもある。
こちらも全身麻酔下で、人工心肺装置を使用するが、弁置換術(AVR)より生理的で、抗凝固剤を服用する必要がないというメリットがある。

ただし、新しい技術のため長期にわたる耐久性は不明。また高度な技術と経験が必要であり、実施できるDrは少ないのが現状。

Bentall(ベントール)法

マルファン症候群や二尖大動脈弁など先天性疾患でみられる大動脈弁拡張症に対して、大動脈基部から切除し、人工弁のついた人工血管に置換する手術。

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